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黒体放射に見る量子論の黎明

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量子論の扉を開いたのが「アインシュタインの光電効果」だとすれば, その扉を手探りで見つけ出し, 量子論の扉をはじめてノックしたのは「プランクの黒体放射」だと言えるでしょう.

本稿ではプランクが注目した黒体放射とは何なのか?そして, 黒体放射から明らかになった古典力学の限界と, 量子論へ至る流れを見ていきます. 理論の細かいところは次回以降やっていこうと思います.

マックス・プランクと『完全な学問』

アイザック・ニュートン(1643-1727)が創始した力学は, 力と運動の関係を明らかにしました. 以後の物理学は, 私たちが手で触れられる物体の運動のみならず, 天体, 光, 音, 熱など, あらゆる物理現象の解明に着手していきます.

ニュートンから始まる近代の物理学はマクスウェル(1831-1879)によって完成された, と言えるでしょう. 電気と磁気に関する議論を4つの方程式に集約したマクスウェルは, 光が電磁波である証拠を示し, 光の正体を突き止めました.

勤勉な学生であったマックス・プランク(1858-1947)は, この物理学の「完全さ」に感銘を受けます. 同時に, 無力感も感じていたようです.

先人からは「物理学はほとんど完全な学問分野だ. 重要な発見はもう既になされてしまっている」と, 物理の道に反対されてしまいます.

それでも熱力学研究に邁進したプランクは, 「エントロピー」の研究に大きな関心を寄せます. 後にプランク最大の功績となる「黒体放射」の研究も, 始めたきっかけはエントロピーに関する彼の持論を証明するためでした. では, その黒体放射とはどのような現象なのでしょうか.

黒体放射とは

黒体放射とは, 「黒体」がエネルギーを吸収し, 光を放出する現象です.

黒体

まずは黒体の説明から参りましょう.

黒体とは, 光吸収率100%の物体です. もちろんこれは仮想的な物体であり, 現実に100%光を吸収できる物体は存在しませんが, 最近では特殊な塗料を用いることで100%に近い吸収率が達成されているようです.

理想的な黒体は得難く, 温度特性を調べるのも難しいため, 実際に黒体を研究対象とする場合には, 空洞を使います.

入口を狭くし, 光吸収率の比較的高い材質で作られた空洞では, 内部で光が反射する内にほとんどの光は吸収され, 光の反射によって入口から出ていく光は0%に近くなるため, 理想的な黒体とみなすことができます.

黒体放射

あらゆる物体は高温にすると(それ以前に焼き尽くさなれなければ)発光を始めます. これは熱放射(または熱輻射)と呼ばれる現象です(※1).

私たちが触れられるサイズの物体は電荷を帯びた粒子である電子と原子核で構成されています. また, 熱とは, 電子と原子核からなる原子の振動です.

高温になった物体内部では原子が激しく振動し, 荷電粒子の振動によって磁界が誘導されます. これによって放射される電磁波が私たちの目に映る光となります.

低温であっても原子は振動しているので, 実際のところ, 熱放射はあらゆる場面で生じています. ただし, 低温での熱放射は赤外線であり, 私たちの目には映らないため, 普段意識することはありません.

黒体においても熱放射は生じます. 上述した空洞を用いる場合などは熱放射によって光が出てもすぐに吸収されてしまうわけですが, 黒体に熱が加え続けられている以上, 無限に光を留めることはできません. 黒体が吸収しきれない分は, 光としても外部に放出されます.

1859年, グスタフ・キルヒホフ(1824-1887)は, 黒体の熱放射(黒体放射)における光のスペクトルが純粋に温度のみに依存し, 黒体の材質には依存しないことを見つけました. つまり, 空洞による黒体は, その材質が鉄であろうと銅であろうと鉛であろうと, 温度が同じならば同じ発光スペクトルを有します.

材質に依存しないというのは重要な発見です. 黒体放射は, 当時厳密な定義がなされていなかった『熱』という現象を解明する鍵とみなされました. こうした学術的意義に加えて, 黒体放射には工業的にも重要な意味を持っていたため, 注目を集めることになります.

(※1)放射と輻射:「放射」は光に限らず電子や熱を放出する際にも使われる言葉ですが, 「輻射」は「加熱によって光が放射される現象」のみを指す言葉であり, 今回の話においては「輻射」を使う方が適切な気がします. しかし, 最近では「黒体放射」と言う方が一般的なようです. 輻射という言葉があまり認知されていないためでしょう.

黒体放射の応用上の意義

光は, 強度, スペクトル, 偏向など様々なパラメータを持っていますが, これを研究対象とする場合には, 前述のようなパラメータを制御し, 欲しい光を狙って発することができる「光源」が必要です.

電球の発光原理は熱放射ですが, フィラメントの材質や劣化度合いでスペクトルが微妙に変化します. ネオン管や水銀灯などの蛍光灯では, 常に特定のスペクトルの光が得られますが, スペクトルの幅が狭く, 白色光が得られません.

一方の黒体は, 熱放射による幅広いスペクトルが材質によって変わらず, 温度を調整することでスペクトルを変化させることができます. 研究用光源として理想的です.

また, 当時の製鉄など, 高温の炉を使った重工業においても黒体放射は重要な役割を果たします.

炉とは, 内部を超高温にした空洞です. すなわち炉の入口から中身を覗けば, 理想的な黒体放射とみなせます. 1000度を優に超える炉は, 当然水銀計などの一般的な温度計で温度を測定することができません. しかし, 黒体放射の研究でスペクトルを既知としてしまえば, 温度を逆算して見積もることが可能です.

コロナが流行って, 私たちの日常でも体温を測定する機会が増えましたが, 非接触の体温計は熱放射による赤外線を測定しています. 原理は熱放射スペクトルの観測による炉内温度の測定と変わりありません. 19世紀末の黒体放射に関する研究はこうしたところでも生きているわけです.

黒体放射の定性的理解と量的矛盾

学術的, 工業的に重要である黒体放射には多くの研究者が携わることになりましたが, その研究が困難であることは容易に想像できます.

炉の内部温度を一定に保ちつつ, 正確にその温度を測定し, 同時に, 炉から放射される光のスペクトルを正確に記録しなければなりません. 高温による炉や測定機器の破損, 温度の測定ミスなどは何度も起こったでしょうし, 温度を一定に保つための炉はさぞ高級なものだったのでしょう.

それでも何とか結果をまとめ, 黒体放射スペクトルの温度依存性に関するデータが得られました.

紫外発散

ここからは学問の出番です. 得られた黒体放射スペクトルの形状について, 量的議論が進められました.

有名なものとしては「ヴィーンの法則」と「レイリー・ジーンズの法則」が挙げられます.

どちらも黒体放射におけるスペクトル強度の温度依存性を定式化したものですが, いづれの法則にも実験結果との明確なズレが見られました.

ヴィーンの法則は1896年, ヴィルヘルム・ヴィーン(1864-1928)によって定式化されました. この法則は, 短波長側(紫外)の実験結果とよく一致しますが, 長波長側(赤外)とは大きなズレが見られました.

その後, レイリー卿(1842-1919)とジェームズ・ジーンズ(1877-1946)によって定式化された「レイリー・ジーンズの法則」は, 長波長側(赤外)の実験結果を上手く説明することに成功します. しかし, こちらは短波長側(紫外)の結果を説明できません.

レイリー・ジーンズの法則によれば, 短波長側に近づくにつれて光の強度は増していきます. 実際の実験ではもちろんそのようなことは起きず, 光の強度は特定のピークを持っています.

この問題は「紫外発散」と呼ばれました. 実験と一致しないからには, 仮定か途中の計算か, 実験結果のどれかにミスがあるはずです.

プランクのアプローチ

プランクは当時の物理学者としては珍しく, 実験をほとんど行わなかった研究者として知られています. そのため, 黒体放射の理論研究に対するアプローチも他者とは異なっていました.

レイリー卿らが当時既知の事実であった原子の振動やエーテル(※2)との相互作用から黒体放射を定式化したのに対し, プランクは実験結果にぴったりと一致する発光スペクトルの式を最初に考えました.

ヴィーンの式を改良したプランクの式は, 短波長側極限ではヴィーンの式に, 長波長側極限ではレイリー・ジーンズの式に漸近します. つまり, プランクの式はヴィーンの式とレイリー・ジーンズの式を連続的に接続する意味しかありませんでした.

温度 8 mK における黒体放射スペクトルの理論値. ヴィーン, プランク, レイリー・ジーンズの3式の比較. (出典:Wikipedia)

プランクが黒体表面起きている現象について考え始めたのはその後です. どのような仮定を置けば, 自分が作った式へ辿り着けるのかを考察していきます. そうして得られたのが有名な「エネルギー量子化」に関する式です.

\begin{eqnarray} E= \hbar f \end{eqnarray}

ここで $E$ はエネルギー, $f$ は光の振動数で, $\hbar$ はプランクが定めた定数です.

プランクは, 黒体と光とのエネルギーのやり取りが $E$ の整数倍のみで起こりうる, と仮定することで自身が導出した発光スペクトルが得られることを示します. 歴史上始めて, エネルギーが離散的な値を取りうることを示しました.

(※2)エーテル:質量と粘性と光吸収率が零の流体. 宇宙全体を隙間なく満たす光の媒質, と考えられていた物質.

プランクとアインシュタイン

プランクの式が発表された1901年とその前後には, 物理学において重要な発見が多く為されました. 「X線」や「ラジウム」, 「電子」に関する発見などです.

プランクが帰納的に導いた「エネルギーが離散的な値のみを取る」という結論は, 当時の物理学界にとって大変受け入れがたいものであったことに加え, 他の「実験的に間違いのない発見」が注目を集めていたこともあって, 無視されます.

当のプランクでさえ, 自身の導いた結論に半信半疑であったようです. エネルギーの離散化は, 公式を導くための数学的な道具に過ぎず, 仮にそのようなことが起こっているとしても, 黒体放射のみで起こる特殊な現象である, と考えていました.

プランクは「曇りなく全てを説明できる物理学」の信奉者であり, 曖昧で捉えどころのない物体の存在を認められませんでした.

この結果に光が当たるのは, アインシュタインの奇跡の年(1905年)以後, 量子力学が段々と認められるようになってからです. プランクは「物体から光が放射される際に, エネルギーの受け渡しが量子化される場合がある」と述べただけでしたが, アインシュタインは「全ての光は量子である」と主張しました.

量子論が力を付けるに従って, プランクの信じた従来の物理学(古典力学)の欠陥が次第に明らかになっていったのです.

まとめ

最後までご覧いただきありがとうございます.

プランクと黒体放射に関する話の面白いところは, 第一に, プランクの帰納的なアプローチです.

普遍的な世界の真理を仮定して個別事象に当て嵌めようとする従来の試みは, 多分に「宗教的」な色を持っています. もちろん, 科学とは宗教から生まれたものですが, 1900年前後の一連の発見を通じて, 科学と宗教が完全に別の道を歩み始めたことは間違いありません. プランクの帰納的アプローチはその布石となりました.

面白いところ2つ目は, プランクが自身の望まない結果を導き出してしまうことです. 完全で, 全てを説明できると信じた古典力学は, プランク自身が導いた黒体放射の公式によって綻びを生じさせます. 世界は, 神や人間の意志とは無関係に進み, 誰にも予想できない, という価値観はこの辺りから生まれたのかもしれません.

次回以降は, 黒体放射, ヴィーンの式, レイリー・ジーンズの式, プランクの式あたりを細かくやっていきます.

[参考] 『量子力学概論』W・グライナー著, 丸善出版

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