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酒は飲んでも『健康科学』に呑まれるな

投稿日:2020年7月15日 更新日:

「酒は飲んでも呑まれるな」 社会人の常識ですね.

筆者としましては, 「酒は飲んでも『健康科学』に呑まれるな」を新たな常識にしていきたいところ.

ここでは飲酒と健康についての近年の研究結果をまとめ, 「飲酒は健康に悪いのか」について私なりの結論を提示します.

アルコールの効果については様々な研究結果が示されていますが, 大事なことは 「科学的な正しさ」をどう定義するかです. まずはその辺りから話を始めます.

科学的な正しさ

物理研究と医療研究の根本的な違い:対象の複雑さ

物理とのアナロジーで生物・医療分野の研究を語っていきます. 物理研究と医療研究の根本的な違いは「対象の複雑さ」です.

物理研究の基本は物質をより基本的な要素に還元して理解すること. そして, 相互作用を明確にすること, です.

物理は物質を, 分子 → 原子 → 素粒子 と分解し, それらの間に働く力を数式で記述してきました.

一方で, 生物・医療分野の研究では, 生物を基本的な要素に分解して研究する, ということができません. なぜなら, 生物を細かく分解しようとすると, 生物としての機能を失ってしまうからです.

「対象の複雑さ」が大きく異なることにより, 研究の方法も違ってきます.

生物・医療分野の研究とは多くの場合「統計分析」を指します. 被験者に対する薬物の投与量, 原因物質への暴露量と症状の相関を調べ, まとめていきます. 暴露量と症状の関係について, 内部で何が起きているのかは推論することしかできません. これは研究対象である生物が複雑な構造をしているためです.

結果として, 医療研究においては, 暴露量と症状の相関関係を数式化することはできません. できたとしても, 対象の年齢, 性別, 居住地などに依存する特殊な場合の定式化が限界です.

科学とは「普遍性」である

事象の因果関係を数式化できない, という理由で「医療研究は科学ではない」と考える物理学者は多い, と筆者は思っています.

しかし, 「科学かどうか」, 「科学的に正しいかどうか」を考えるためには, 「科学とは何か?」に立ち返るべきでしょう.

「科学」の定義は様々ですが, 仮に「普遍的な真理の追究」を科学だと考えるならば, 「科学的に正しい」とは何なのかも自ずと明らかになります.

科学的正しさ, とは, 『普遍性を有すること』 です. つまり, 「誰が, いつ, どこで調べても同じ結論が得られる」ことこそが科学的な正しさであると言えるでしょう.

この定義に従えば, 医療研究に比べ物理研究は少々科学的です. しかし, 対象が複雑であっても, 再現性の高い結果を示すことができれば, 医療研究の科学的な正しさを示すことは十分に可能でしょう.

医療研究における結果の確からしさ

物理研究であれば, 事象の相関関係が予測した数式に乗っているか否か, で結果の確からしさを議論できます. しかし, 生物・医療研究において, 上記理由 (対象の複雑さ)から, 多くの場合に相関関係を数式で示すような議論はできません.

論文に述べられた結果の確からしさを考えるときに読者にできることは「再現性の高さ」を考えることだけです. 再現性が高いかどうかは以下の2つの基準で判断することができます.

  1. 他の多くの研究が同じ結果を示している
  2. データ統計処理の厚み

2. について.「データに対して統計処理をどれだけ施しているか」を, 『厚み』と表現しました. 3次データよりも2次データの方が価値があり, 2次データよりも1次データの方が価値があるように, データに手を加えれば加えるほど, その科学的な信憑性は失われていきます. データはどんなに正しい統計処理を施したとしても, 加工されるごとに別のものに変質していくのです. これは, 人を経由するごとに情報の信頼性が失われていくことと同じです.

ということで, 以下では, 上記2つの基準を元に, 「飲酒と健康の関係」について議論された論文群を眺めていきます. やっと本題ですね.

矛盾する2つの事実

適度な飲酒が寿命を長くする

「酒は百薬の長」とは「適度な飲酒はどんな薬よりも効果がある」という意味の諺です. この諺を裏付けるのが「飲酒量と平均寿命 (or 健康リスク)の相関」についての各国, 各研究機関の調査結果です.

図 飲酒量と相対リスク_1

上図は医師を対象とした飲酒量と健康被害の関係についての調査結果[1]を表しています. 調査対象を医師に絞っているのは, 生活水準を同じくらいの人に統一し, 予期しない効果を排除するためです. 横軸は飲酒量, 縦軸は健康へのリスク, 調査期間は6年間です. 6年間に死ぬ人は少ないので, 健康が悪化したかどうか, だけに絞って縦軸の設定を行いました.

図を見ると, 飲酒量に対する健康悪化の度合いはJ字型になっており, 適度な飲酒は健康に良いことが分かります.

同様の結果は様々な研究機関によって示されてきました.

すぐに見つかるものとして, [2]や[3]が挙げられます.

[1] Gaziano JM, Gaziano TA, Glynn RJ, Sesso HD, Ajani UA, et al. Light-to-moderate alcohol consumption and mortality in the physicians’ health study enrollment cohort. Journal of the American College of Cardiology. 35, 96-105 (2000).

[2] 飲酒とJカーブ / e-ヘルスネット, 厚生労働省
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-03-001.html

[3] Holman CD, English DR, Milne E et al. Meta-analysis of alcohol and all-cause mortality: a validation of NHMRC recommendations. MJA. 164, 141-145 (1996).

飲酒に適量は無い

上記結果と相反する結果を示したのが, ランセット誌に掲載された論文[4]です. ランセット誌に掲載されたというところも重要ですが, 本記事の主旨とは異なるので割愛します.

[4]では種々の論文のデータを元に, 飲酒の健康に対する影響を調査しています. 示されているのは主に次の3つです.

  1. アルコールに関連する各疾病に対する相対リスクと飲酒量の関係について
  2. アルコール関連の全ての疾病に対する相対リスクと飲酒量の関係について (1. を総合した)
  3. 各生活水準毎にまとめた, DALY (障害調整生命年)

以下でそれぞれについて詳しく見ていきます.

[4] GBD 2016 Alcohol Collaborators. Alcohol use and burden for 195 countries and territories, 1990-2016: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2016. Lancet. 392, 10152, 1015-1035 (2018).

1. 各疾病に対する相対リスクと飲酒量の関係

飲酒量が各疾病に課すリスクをまとめました. 元データは種々の文献値です. メタ分析によって文献値を統合し, DisMod というソフトウェアで各疾病に対する相対リスクを計算しました. 相対リスクを計算したのは22個の疾病についてであり, その中にはintentional injuries (故意の傷害), unintentional injuries (交通事故など), self-harm (自傷) なども含まれます. 一部の疾病 (虚血性心疾患や糖尿病)については, アルコールのポジティブな効果も見られ, 適度な飲酒で相対リスクが低下し, J字カーブを描く場合もあります. しかし, 大半の疾病は飲酒量に対して正の相関しかなく, 飲酒量増加に従って相対リスクは増加します.

2. 総合的な相対リスクと飲酒量の関係

上記で算出した相対リスクをまとめ, 総合的なリスクと飲酒量の関係をまとめました. 以下にその結果を示します.

図 飲酒量と相対リスク_2

上図は飲酒量と健康への総合的なリスクの関係を示したものです. 横軸は飲酒量, 縦軸は総合的なリスクです.

飲酒量と健康被害の大きさには正の相関しかなく, [1]のようにJ次カーブは描きません. このことから「総合的なリスクを最小化する方法は, 一切飲酒しないことである」と結論付けられます.

3. DALY

DALY (障害調整生命年)とは, とある要素に起因する病的状態, 障害, 早死になどによって失われた年数を意味し, 該当要素が与える疾病負荷を可視化したものです.

「1 DALY」とは該当要素によって1年間の健康生活が失われたことを意味します.

このDALYを計算するには, PAF (Population attributable fraction; 人口寄与割合)という数値を算出する必要があり, PAF算出に必要となるのが, 上記で算出した各疾病の相対リスクとアルコール暴露量, 及び, TMREL (Theoretical minimum risk exposure level)です. その計算のフローチャートが[4]のAppendixに示されている以下の図です.

図 DALY計算のためのフローチャート

考察

信用に足る情報はどちらか

まず, 上記論文に述べられた事実, 解析手法を元に, どちらの論文の内容が信頼に足る (科学的に正しい)のかを考えていきたいと思います.

[1]の論文に述べられている結果は, [2]や[3]でも同様の結果が得られています. 健康リスクと飲酒量の関係はデータをまとめてグラフにしただけで, 特別な統計処理はほとんど施されていません.

一方, [4]に述べられている方法で同様の結果を示している研究グループはいません. と言うより, [4]の研究手法は追試ができないのです. 相対リスクの計算でさえ, 元データと結果と使ったソフトの記述があるだけで, 使ったモデルや, 計算のソースコードは (Appendix やReference にも)示されていません. その相対リスクを使ったDALYの計算に至っては, 統計処理の壁が厚すぎて, 元データと結果を対応させることが不可能です.

よって, より科学的に正しい, と言えるのは当然[1]の結果です. 『理由は分からないが, 適度な飲酒と健康に相関がある』. これが, 上記論文群を眺めたときに言える科学的に正しい唯一の結果です. 『科学であるならば理由を明らかにすべきだ』というのは(私が今回定義した科学に依れば)幻想です.

どちらの結果も正しいと仮定した場合

[4]には, 科学的な正しさが欠如していますが, それが的を得た結果であることは十分に考えられます. 仮に, 2つの結果のどちらも正しいと考えたときに, 何が言えるでしょうか.

単純に考えれば, [4]の文献中の22個の疾病以外の何らか要素により, 健康が大きく増進されている, ということになります. それは恐らく人間関係の改善や精神的ストレスの除去などでしょう.

まとめ

本記事では, 「科学的に正しい」を「普遍性, 再現性を持つこと」だと考えて話を進めました. 「科学」を「生活を豊かにするもの」と考えたり, 「原因を明らかにするもの」だと考えた場合には異なる結論となるでしょう.

「科学的に正しい」という言葉はテレビのコマーシャルや非科学者の口からしか聞いたことがない気がします. 往々にして, 彼らの口にする「科学的に正しい」は「科学者を自称する人が言っていた」という意味しかありません. そういう「科学」に『科学』が侵食されるのは見ていて気持ちのいいものではないですよね. 「『健康科学』に呑まれるな」とはそういった願いを込めさせて頂きました.

斯く言う私も上記論文群を透明な眼鏡で見つめたわけではありません. 論文誌等のバイアスが掛かっていることは間違いありません. 気を付けていきたいと思います.

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