「すべての数学のなかで最も素晴らしい公式」 (リチャード・ファイマン)と称される「オイラーの公式」の歴史について解説します.
前々から, この公式を思いついた人の頭の中はどうなっているのか気になっておりましたが, 公式を導出しようとして導出したわけじゃなかったんですね.
目次
オイラーの公式とは?

オイラーの公式とは複素数についての以下の等式のことです.
$$ e^{i \theta} = \cos{\theta} + i \sin{\theta} $$
ここで, $ \theta $ は実数, $ i $ は虚数単位, $ e $ は自然対数の底で, $ \cos $ と $ \sin $ はそれぞれ余弦関数と正弦関数を表します.
この式は複素平面内で指数関数と三角関数が密接な関係を持つことを表しており, 複素平面内での指数関数と三角関数の相互変換を可能にしました.
オイラーの公式に $ \theta = \pi $ を代入した式も有名で, こちらは「オイラーの等式」と呼ばれます.
$$ e^{i \pi} = -1 $$
歴史

オイラーの公式は如何にして導かれたのでしょうか.
遺されたオイラー自身の手紙やメモから分かることとして, オイラー自身には公式の導出に関心がありませんでした. オイラーや当時の数学者の関心は「虚数と負数の対数」にあったのです.
ライプニッツの目的
17世紀末~18世紀には現代的な微分や積分の基礎が築かれましたが, その立役者となったのが ライプニッツ (Gottfried Whilhelm Leibniz, 1646-1716)です. 彼が優れていた点は, 微分や積分のための分かりやすい表記法 (ライプニッツの記法)を考案した点であり, この記号は現在でも使われています.
ライプニッツは有理関数についての積分アルゴリズムを完成させるという目的のもとで研究を進め, $ \left( 1 + z^2 \right)^{-1} $ の積分に興味を持ちました.
複素数の範囲で考えれば,
\begin{eqnarray} \frac{ 1 }{ 1+z^2 } = \frac{ 1 }{ 2 \; i } \left( \frac{ 1 }{ z-i } \, – \, \frac{ 1 }{ z+i } \right) \end{eqnarray}
であるため,
$$ \int \frac{dz}{1+z^2} = \frac{1}{2 \; i} \{ \; \log{(z-i)} – \log{(z+i)} \} = \frac{1}{2 \; i} \log{ \frac{z-i}{z+i} } $$
となり, 有理関数の積分と複素数対数の関係が導かれます. つまり, 複素数の対数について理解が進めば, 有理関数 $\frac{ 1 }{ 1+x^2 }$ の積分についての一般的な公式が得られることになるため, 複素数対数を重要視したのです.
複素数の対数を求めるにあたって, 負数の対数を求めることから始めたライプニッツは指数の無限級数表示を論拠に, $ \log{(-1)} $ が虚数, もしくは存在しないことを主張しました.
$ y = \log{x} $ と置くと, $ x= e^y $ です. $ e^y $ を無限級数表示すれば,
$$ x= e^y = 1+ \frac{y}{1!} + \frac{y^2}{2!}+ \frac{y^3}{3!}+ \frac{y^4}{4!} \cdots $$
であることから, 上式に $ x = -1 $ を代入し,
$$ -1 = 1+ \frac{y}{1!} + \frac{y^2}{2!}+ \frac{y^3}{3!}+ \frac{y^4}{4!} \cdots $$
が得られます. この方程式の根 $ y $ が $ -1 $ の対数であり, $ y= \log{(-1)} $ ですが, $ y $ にいかなる実数を代入しても右辺は正の数となり, 矛盾が生じます. ゆえに, ライプニッツは $ \log{(-1)} $ が虚数, もしくは存在しないと考えたのです.
ベルヌーイの反論
虚数と負数の対数に関するライプニッツの考えに反論したのが, オイラーの師, ベルヌーイ (Johann Bernoulli, 1667-1748)です.
ベルヌーイは $ \log{(-1)} = 0 $ であることを主張しました.
$$ \left( \log{(-x)} \right)’ = \; – \left( \frac{1}{-x} \right) = \frac{1}{x} = \left( \log{(x)} \right)’ $$
であるため, 原始関数も等しく, $ \log{(-1)} = \log{(1)} = 0 $ と考えたためです.
ベルヌーイはライプニッツと手紙を交わし, この他にも多くの論拠をもとにライプニッツと論争を繰り広げましたが, ライプニッツが死去するまでに, この論争が決着することはありませんでした.
現代数学から考えれば、どちらの主張も不完全で、誤りを含みます。しかし、一見正しいことを述べているように見えるところが無限級数や積分の難しいところです.
オイラーの困惑
オイラー (Leonhard Euler, 1707-1783) は2人のやり取りとは独立に負数の対数について考察し, 指数の無限解析展開から議論を進めました. 1948年に出版された無限解析序説には負数の対数についてのオイラーの論が展開されます. その途中に現れるのが, 例の公式です.
$$ e^{i z} = \cos{z} + i \sin{z} $$
$$ e^{-i z} = \cos{z} – i \sin{z} $$
公式は負数の対数について考えるためのツールに過ぎず, オイラーが興味を持っていたのは両辺の対数を取り, 差を取った以下の形でした.
$$ z = \frac{1}{2i} \log{ ( \frac{ \cos{z} +i \sin{z} }{ \cos{z} -i \sin{z} } ) } $$
オイラーは指数を用いた式によって, 負数の対数についての考察に一石を投じます.
無限解析序説の中で, オイラーは「負数の対数が無限に多くの形で書き表せてしまうこと」に困惑していました. ライプニッツとベルヌーイの論争についてもコメントし,「どちらが正しいとも言えない」という曖昧な立場を取ります.
しかし, 後には「負数の対数が1つに定まる」という前提を疑うことで「対数の無限多価性」を導き出し, ベルヌーイとライプニッツの論争を収束に導いたのです.
まとめ
オイラーや多くの数学者が関心を持っていたのは「負数の対数」についてでした. オイラーの導出した公式も, そのツールに過ぎません.
「対数の無限多価性」も複素解析において非常に重要な発見なのでしょうが, 電気や量子論の分野では「オイラーの公式」の方が幅広く活用されています.
この公式が, 発見者のオイラー自身も予想しなかった高い評価を受けたのは「形が美しい」というだけでなく, 各分野に多大な貢献をしたためです. その「多大な貢献」については別記事にて.
最後に, 本稿をまとめるにあたって参考にさせて頂いた記事を以下に記します.
- 九州大学大学院数理学研究院 高瀬正仁 (Masahito Takase), 数理解析研究所講究録, “負数と虚数の対数について” (2008)
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1583-14.pdf - オイラー研究所, 日々のつれづれ, “オイラー追想” (2008)
http://reuler.blog108.fc2.com/blog-category-1.html - 鳥のインタビュー, “オイラーが胸に抱いていたもの なぜオイラーアイデンティティを見つけることが重要なんだろうか。” (2008)
http://kleinesommer.hatenablog.com/entry/2018/06/25/151926